消費者委員会資料(国センの研修について)

平成23年6月10日の第57回消費者委員会の議事録から、国センの研修についての各自治体の意見について紹介したいと思います。
この資料は自治体にも送付されているかと思いますが、すべての資料をネットで見ることができます。

消費者委員会
http://www.cao.go.jp/consumer/index.html
内閣府ホーム>審議会・懇談会等>消費者委員会>消費者委員会会議資料>2011年>第57回 消費者委員会
http://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2011/057/shiryou/index.html
【資料6】 消費者行政体制の一層の強化に向けた検討報告-「国民生活センターの在り方の見直しに係るタスクフォース」中間整理を踏まえて-
(資料6-3) 国民生活センターの在り方の見直しに係る調査結果(47都道府県・19政令指定都市)
http://www.cao.go.jp/consumer/iinkai/2011/057/doc/057_110610_shiryou6-3.pdf
6ページと7ページ
すべて抜き出したいところですが、セキュリティ制限されており、テキストをコピーできませんのでポイントを書きたいと思います。

5.研修について
(1)相談員・行政職員対象の研修は引き続き国センが主体となる必要がある
91%(60)は必要あり、6%(4)は必要なし、と回答
必要なしの理由・・・基礎的な知識の習得等の研修は民間団体等への委託も可能
(2)相談員対象の専門事例講座等の検収について自治体での実施は可能か
85%(56)は不可能又は困難、15%(10)は可能
不可能又は困難な理由・・・基礎的な研修は可能だが、専門講座のような高いレベルの研修は適任講師の選定・十分な事例収集が地方では困難
専門的な知見を有する人材は全国に多数存在する明けではないので地方での実施はコスト・人脈等の点で困難

要は、「知識習得のための基礎的な研修は実施可能だが、専門的な研修ができる人材がいないので国センに実施してほしい」というところでしょうか。ただし、国センでも本当に適任な講師や内容が十分に確保できているかといえば限界もあると思いますし、全国をフォローするのも難しいと思います。

これらは、まさしく、私が当初から指摘している問題点だと思います。
私もこれらの問題点を解決しようとアクションを起こすものの、それぞれの立場が違ったり、理想と現実のギャップがあったり、ハードルは高いですね。
需要と供給のマッチングが上手くいかないというところでしょうか。

がんばりすぎない

怖い思いをした、恐喝のような行為をされた、無理やり契約させられた、暴言を吐かれた、などなど
消費者と事業者、相談者(消費者)と相談員、どちらにも当てはまることです。

脅迫的行為があった場合に警察に通報することを考えると思います。
しかし、相手は怖がらせているつもりはなかった、と言います。
そんな場合、警察は立件が難しくなります。

その原因は、怖い思いをしても、思っているだけで、怖いという意思表示をしていないからです。
何を言われても、がんばって対抗しているのです。
がんばって対抗しているので、怖がっているとはならないのです。

民法の動機の錯誤も、動機を相手に明確に意思表示していなければ、認められる可能性はあまりありません。
これと同じで、怖いということを相手に意思表示してこそ、脅迫が認められるのです。
がんばりすぎてはいけません。
「不退去による困惑」「退去妨害による困惑」の場合も同じですね。

さて、相談員の場合、質の悪い「対事業者」や「対相談者」から暴言を吐かれることがあります。
けんかするわけには行かないので怖い思いをします。
しかし、怖い思いをしているものの、がんばって闘っているのです。
法律を並べたり、理屈を並べたりしてがんばります。
がんばっているので、脅迫にはならないのです。
警察に通報したくても、理由として、「怖い思いをした」という意思表示を相手にしていなければ、お互い言い分を主張しあっているに過ぎないのです。
がんばらずに、素直に、『怖い』という意思表示をしてみることも考えてください。

そして、相談者に対しては、相談者の希望がかなわないときに、相談員をターゲットにしてしまいます。
これはバランス理論でも説明しましたが自然な思いからきてしまいます。
大きな声でののしったり、差別的発言をしたりします。

怖いときには怖いと意思表示することで、不当要求行為をうけていることの要素になります。
ただし、注意しなければならないのは、単に声が大きいから「怖い」、言葉使いが悪いから「怖い」、の「怖い」とは少し違います。
この場合は、その人んp日常の言葉づかいかもしれません。
世の中、上品な人ばかりではありません。
そんな場合に「怖い」というと、相談員の対応に関してのクレームになってしまいます。

相談員は正義のために非常にがんばります。がんばっても無理そうな場合は「がんばらない」という選択肢もあることを心にとめておいてください。

安全と安心

安全と安心については、以前にリスクコミュニケーションに関連して書いたことがあります。
『科学的にあらわされるのは「安全」であり、「安心」は気持ちの問題です。
「安全」は固定されているのですが、「安心」は人それぞれであるのです。』

まさに、今、安全と安心が注目されています。
それは、放射能汚染の問題です。

検査の結果、基準値以内で問題がないと安全性が証明されたものの、「安心できない」ことから、避けてしまい、それが風評被害につながったりします。

自分自身が食べるか食べないかという「個人レベル」であれば、個人の価値観で判断すればいいと思います。
当然、個人の安心への価値観は人それぞれ異なります。

しかし、「個人レベル」ではないイベントの場合、例えば、今回問題になった「京都の大文字の送り火の松」の場合はどうなるのでしょうか。
「不安」という要素が当然出てきます。「賛否両論」というレベルではなく、100%近いの賛成がなければ、後々問題が出てくるのではないかと思います。
安全とは違うレベルの議論が必要になります。

この「不安」を解消するための手法がリスクコミュニケーションです。
この問題に放射能のリスクがあるかどうかというのも疑問ですが。
安全ではあるが、単に放射能汚染された地域のものという不安による風評被害と考えたほうが正しいでしょう。
リスクがなければ単なるコミュニケーションとなりますよね。

すなわち、主催者、行政、市民、生産者というステークホルダー(利害関係者)が十分な議論をして、決めることです。
今回の件は、おそらく、十分な議論がされずに、決定してしまったことに問題があったのではと思います。
予定とは違う主催者の決定は市に大きな影響を与えるはずなので、公表する前に、事前に市と相談する。
市も決定権がないとはいっても、大きな反響が考えられるので、一方的に疑問を出すのではなく、何かあれば話し合える土壌を作っておく。
当然、市民にも参加してもらい、是非を問う。
そして、結論を導き出す。

まさに、コミュニケーションが不足しているという今の日本をあらわしているようですね。
このような、コミュニケーション不足では、受け入れるという決定を下すのは、リスクが大きいです。
事前の調整ができなかったという観点で見れば、中止したことは妥当な判断かもしれません。

実は、報道があるまで、このようなイベントが準備されているとは知りませんでした。
普通に考えると、批判する意見が多数を占めると思いますが、論点はそうではなく、事前のコミュニケーション不足が混乱を招いたということを考えるべきだと思います。今回の件を反面教師として、安易に結論を出すのではなく、しっかりコミュニケーションをして、総意に基づく結論を出してほしいと思います。

ここから本題です。
相談現場でも同じことが言えます。
基準以内ですので安全です。問題ありません。
基準を超えていますが、一度超えたぐらいでは直ちに健康に害があるとは言えません。
と言われても、それがイコール安心とはならないのです。
相談者は相談員の安全であるという説明に納得できないのではなく、それが安心につながっていないから納得しないのです。
しかし、相談員は安全であることを説明したのに、相談者は理解してくれない、相談者のほうに問題がある、となるのです。
そうではないのです。
相談員は、安全の情報を提供するのはもちろんのことですが、いかに安心してもらうのかを伝えることが重要であり、そのコミュニケーション能力が試されるのです。
このような事例にあたったときには、何が問題なのかをじっくり考えてみてください。